性別変更した元女性が『父親』と認められた件について


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via photopin cc

性同一性障害のため性別を変更した夫(元女性)が、第三者から精子提供を受けて妻が出産した子どもの『父親』である、と最高裁が認めました。

ゲイとしてはなんだか複雑な気持ちです。



ゲイにとって喜ばしいニュース?

今回のニュースでわかったことは、

(1)(夫が元女性だとしても)、男と女

(2)あるべき家族の姿(男、女、子ども)を築いていれば

(3)制度的に家族として認める

・・・ということです。

LGBT(ゲイ・レズビアン・バイセクシャル・トランスジェンダー)が権利を勝ち取ったニュースではありますが、反面で結婚や養子を望むLGBにとっては、今後の道のりの険しさを痛感させられるニュースとなりました。

 

父親として認めるか?

普通の男女間においても、夫が無精子症などの理由で、第三者から精子の提供を受けて、妻が子どもを出産するというケースがあります。
その場合、子どもは精子の提供者ではなく、その夫の子どもであると認められます。

『生物学的』に父親ではないことは明白ですが、『制度的』に認められるということです。

今回の問題は、それが『性同一性障害の元女性』の場合も、子どもの父親として認めるかどうか?という問題です。

いやいや、こんなんは制度的な問題だから、すべこべ言ってないで認めろよ、という話ですよ。
もう性同一性障害者の性別変更を認めているのだから、それは認めて、これは認めないなんて、理屈が通りません。

しかし、問題はここでいう『父親』とはなにか?ということ。

 

戸籍制度が抱える問題

この夫は、生物学的な親ではありません。
しかし、親として社会的にも認知されているでしょうし、養育権などの親権ももっています。

ではなにが問題か?
それは『戸籍上の父親』として認められなかったということです。
子どもの父親が戸籍の中では空欄だったことです。

『戸籍』とは、戦前の『家制度』の名残で、個人を家族単位で管理するための制度です。

近代国家では、国民は個人として自立しているべきです。
しかし、明治政府は、家族内でお互いに助け合わせ、教育させ、監督させ、国民の管理を容易にするために、『家制度』という制度をもうけたのです。

その考え方は戦後も継承され、『戸籍制度』として残りました。
この戸籍制度が、現代社会でさまざまなゆがみを生んでいます。

戸籍制度がある限り、結婚=女が男の家に嫁ぐ、という慣習はなくなりません。
家柄、出自による差別や、私生児(未婚の男女の間に生まれた子ども)への差別もなくなりません。

また、戸籍制度は、同性婚やパートナーシップ法をはばむ大きな壁でもあります。

最高裁までいったのだから、古くさい民法の枠の中で考えていないで、戸籍法や民法の改正にまでふみこんで審議をしてほしかったですね。


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