ゲイが日本の家族制度・結婚制度について考える【前編】


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ゲイにとって親戚の集まりというのはツライものです。

親戚のおじさん、おばさんは口を開けば「結婚はまだ?」「彼女は?」と聞いてきます。
別におじさん、おばさんは悪気があって聞いているわけではありません。

世間ではいまだに結婚して子どもをつくり、新たな家庭を築くことが当り前とされています。
そして、それが人生の中心的な問題とされているから、このような質問をしてくるのです。

今回はゲイ目線から現在の『家族制度』『結婚制度』について考えてみます。

<参考> ゲイにとって同性婚は必要か??



家族制度・結婚制度は『家制度』をもとにした制度

現在の家族制度・結婚制度は戦前の家制度をもとにしています。
さらにさかのぼれば家制度は武家の家父長制からくるものです。

家制度には以下のような特徴があります。

  • 家長を中心とした血縁集団(氏族集団)
  • 家(氏)の存続を大切にする
  • 家長を中心とした序列が存在する(家長・長男・家長の妻・次男・三男・娘)
  • 家長が家族をまとめ、監督する
  • 家長が働いて家族を養う
  • 家長の妻が家事労働や育児全般を行う
  • 妻は家長個人に嫁ぐのではなく、家に嫁ぐ(そのため氏も変更する)
  • 長男以外の子どもはいずれ結婚して家を出る前提で育てられる
  • 長男が結婚し、子どもが生まれる頃に、家長は隠居の身なり、長男が新たな家長となる

戦前はこのような考えが強固に存在していました。
現在はこのような考えは薄らぎつつありますが、本質的には『家制度』の考え方から変わっていません。

 

生存戦略としての家制度

人間は大昔から血縁集団を中心とした群れで生活していました。
血縁集団でまとまって狩りをしたり、農業をしたりしている者の方が生存率が高かったからです。
逆に血縁集団でまとまれずに、個人主義をつらぬこうとする個体は生き残ることができず、後世に遺伝子を残すことができなかったものと思われます。

また、戦前までは、特定の配偶者と協力して、仕事は男、家事と育児は女、と分業した方が効率的でした。
というより、現在のように「仕事と家事と育児を1人でこなす」というライフスタイルはかなり困難だったはずです。

家族制度というのは生存戦略のひとつだったわけです。

 

セーフティーネットとしての家制度

また、国家もこの家族制度を支配体制(管理体制)の末端として利用してきました。
個人を家単位でまとめ、家長に権限を与えることによって、納税や教育、就労、介護、医療など、国家の制度を補助する機能を『家』に持たせたのです。

昔は今みたいに社会福祉が整備されていませんから、家族が面倒を見てくれなかったら、老衰や病気で動けなくなった人はもうのたれ死ぬしかありませんでした。

寅さんみたいな『ダメな奴』や社会不適応者に対しても、家族制度は有効に働きました。
例えば、仕事の斡旋や、金銭の援助、社会復帰のための援助、住居や食事の確保などなど・・・。
ダメな奴に対して、「ホントにあいつはダメやつだなー」とあきれながらも、一族が協力して手をさしのべていた。

つまり、家制度はある種のセーフティーネットとして機能していたわけです。
現在でも介護、看病、金銭の援助などは家族が当然やるものという意識が根強く残っています。

教育面で言えば、家長を中心とした序列や「兄弟仲良く孝行を尽くす」という儒教的な道徳観は、君主への忠義、国家への忠誠に対する基盤となるものでした。

 

後編に続きます。


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