憎しみのすぐそばにこだわりがある


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愛の反対は無関心
–マザー・テレサ–

愛の反対は憎しみではなく無関心だ、とマザー・テレサは言いました。

憎しみや怒りを感じるのは、興味をもっている証拠なんですね。



憎しみを感じるのは興味を持っている証拠

愛の反対は憎しみではありません。
なにも興味をもっていなかったら「憎い」とすら感じないわけです。

憎しみと愛は実はすごく近いところにあるんですね。

「ゲイとかキモッ」と言っている人ほど実は同性愛的傾向があったり、
「オネエは嫌い」と言っている人ほど根はオネエっぽかったりします。

 

憎しみのすぐそばにこだわりが隠れている

憎しみのすぐそばにこだわりが隠れているということもよくあります。

例えば、私の場合、乙女系のゲイがあまり好きではありません。
それは自分に乙女的なところがあり、それをコンプレックスに思っているからだと思います。

例えば、ももクロを見るとイラッとします。
それは音楽や歌手というものに対するこだわりの裏返しかもしれません。

なんの興味もなかったら、嫌いだとか、イラッとするとかいう感情すら沸かないはずです。

そういう感情を掘り下げていくと、今まで気付かなかった自分のコンプレックスやこだわりが見えてくるかもしれません。


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