男の子を幼いうちに去勢して女として育てたら・・・?【後編】


5160778185_040a89caf1

赤ん坊の時、男性器を失い、女として育てられたブレンダ。
ブレンダは「性自認は後天的につくられる」という博士の説に反して、まったく『女っぽく』は育ちませんでした。

彼のその後を追ってみましょう。

前編はこちら



実験台

両親に自信満々に自説を語り、ブレンダを去勢させたジョン・マネー博士でしたが、実は彼は

正常な生殖器をもって生まれてきた子どもを性転換させて、反対の性として生きさるという治療経験など、一度もなかったのです。

彼は半陰陽(インターセックス)という、生殖器官的にどちらの性別か曖昧な状態で生まれてきた子どもに手術をして、どちらの性別かハッキリさせるという治療は行っており、成功もしていました。
あくまでもそれは肉体的な性別が曖昧な者に対してのみ、成功してきた事例でした。

しかし、博士はその経験を拡大解釈し、
「性自認(自分が男だと思うか、女だと思うか)は、教育や環境、社会によって後天的につくられたものである」
という机上の空論をつくりあげたのです。

そんな博士のもとにやってきたのがブレンダでした。
生後まもなく(性自認が確立していない段階で)、性器を失っているブレンダは、博士の説を実証するための、格好の実験材料だったのです。

しかも、ブレンダには一卵性双生児で弟がいます。
弟が普通に男として育ち、ブレンダが女として育てば、非常に科学的なデータとして世間から認められます。

 

セックスフリー

「ブレンダは全く女らしくならない。これはなにかおかしい」

両親はたびたび、博士に訴えました。

しかし、博士は

「そんなことはない。
あなたたちが性に対して古い考えをもっているから悪い。
家の中では裸ですごし、子どもの前でもセックスをしないさい。
恥じることではありません。」

などというとんでもないアドバイスを繰り返しました。

さらに博士は「早期の性交経験が性自認の確立につながる」という理論を頭の中でつくりあげ、それを実践します。
ブレンダを弟と擬似性交させたのです。

博士はセックスフリー論者で、「セックスは恥ずべきものではない。もっと自由にセックスをしよう」という考えをもっていました。
また、SMやスカトロ、自傷癖なども『嗜好』であるとして擁護する立場をとっていました。

実は博士自身、ロリコンだったのではないかという説もあります。
だから、ブレンダと弟に無理矢理セックスのまねごとをさせ、それを観察したり、写真に収めたりしていたのではないか、と。

 

博士のウソ

ブレンダは思春期になるとホルモン治療も受けるようになりましたが、全く女っぽくならず、声変わりし、筋肉もつき、どう見ても女ではないという状態になっていました。
また、博士が推奨した膣形成手術を断固拒否し、それどころか博士のもとで治療を受けること自体を拒むようになっていったのです。

しかし、博士は論文を発表し、

「ペニスを失った一卵性双生児の一方を女性として育てることに成功。
女性として育てられた方は女性として育ち、男性として育てられた方は男性として育っている。
やはり性自認は後天的なものだったのである」

という説を世間に広めました。

自分の理論が正しいと確信していた博士は、ウソの論文を書いたのです。

 

デイビッドとして生きる

ブレンダは14歳の時、両親からことの真相を聞かされます。
「あなたは本当は男なの。でも赤ん坊の時、ペニスを失って女として育てられたのよ」と。

ブレンダははじめて、自分がずっと抱えていた性的違和感や生きづらさの理由を知ったのです。

ブレンダは男として生きることを決意しました。
名前はデイヴィッドと改め、その後、結婚もしています。

しかし、2004年。
妻との関係、両親との関係、弟の自殺などの問題を抱えていた彼は40歳を手前にして、自殺してしまいます。

なんとも数奇な運命に振り回された一生でした。

 


2016年8月より、当ブログの運営・執筆はLGBTサークル『CBM』に移管されました。

当ブログについて説明はこちらをお読みください。