セクマイを無視しない教科書を!と言われていますが・・・


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2016年に学習指導要領が改訂されます。
それに向けて、「セクシャルマイノリティを無視しない教科書をつくろう!」という署名活動がネット上で話題を呼んでいます。

クラスに必ず1人いる子のこと、知ってますか?〜セクシュアル・マイノリティの子どもたちを傷つける教科書の訂正を求めます〜

・・・が、わたくしは問題はそこではないような気がするのです。



教科書をつくっているのは教科書会社

2016年に学習指導要領が改訂されるから、LGBTフレンドリーな教科書をつくろう!というのは、なんだかちょっとグッチャグチャな話なんですね。

そもそも、教科書をつくっているのは教科書会社です。
その基準となる『学習指導要領』をさだめているのが文部科学省です。

だから、そもそも2016年に向けてすべきことは、文科省に「セクシャルマイノリティについても教えていくよう学習指導要領の中に盛り込むべし!」と働きかけることなんですね。
それが実現したら、おのずとセクシャルマイノリティについても記載された教科書が誕生するのですから。

いや、別にこのタイミングで「新しい教科書をつくろう」と言うのは間違いではないんですよ。
ただ、「サッカー協会が公式戦ルールを変えるから、メーカーに新製品をつくるよう呼びかけよう!」みたいにゴチャゴチャした話なので、これでは問題の所在がどこにあるのか余計にわかりにくくなってしまうような気がします。

まず変えるべきは教科書ではなく、学習指導要領なのです。

 

教科書で傷つく?

教科書に「思春期になると異性に興味が出る」と書かれているとしましょう。

そもそもそれって、そんなに傷つくことですか?

教科書を聖書のようにあがめている人なら
「おぉ!教科書よ!あなたまでこの私の純愛を否定なさるのか!この世に希望はない!」
と絶望にうちひしがれるかもしれません。
しかし、少なくとも私の心にはそんな記述、引っかかりもしませんでした。

では、教科書に
「思春期になると異性に興味が出る(※中には同性にひかれる人もいます)
と書かれているとしましょう。

それで安心します??
「教科書にもこう書いてある!私は間違ってなかった!これから堂々と生きられるぞ!」なんて思います????

私だったらそんなんなんの気休めにもなりません。

 

すでに知っている

セクシャルマイノリティの子どもがなんで悩むかって、自分が
「他の人と違う」
から、悩むわけでしょ?

彼らはすでに自分がマイノリティであることを知っているわけですよ。
大多数の人は異性に興味をもっているけれど、自分は違うということをなんとなく知っている。

なぜ知っているかというと、家族、友人、メディアなどさまざまな情報源から、すでに異性愛についての情報を受け取っているからです。
決して学校教育のせいではありません。

教科書に書かれていようがなかろうが、自分が「ちょっと変わった存在」だと知っているし、周りに知られたらバカにされるかもしれないということを知っている。
だから、悩むわけです。

教科書に記載があるかないかの問題ではありません。
社会の問題であり、人々の意識の問題です。

 

では、社会を変えるにはどうしたら良いか?

逆説的ですが、これには教育が大きな力を発揮します。
2016年に改訂される学習指導要領の中でLGBTについての項目を盛り込み、子どもたちに教えていく。(当然教科書も変わる)
最初は人々の意識は変わらないでしょうが、長い時間かけて、徐々にLGBTの存在を受け入れられるような社会に変えていく。

それが一番確実な方法です。


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