イスラム国、同性愛者を石打ちで処刑


isram

11月25日、イスラム国が同性愛者の男性2名を石打ちの刑で処刑しました。
同性愛を禁じるイスラム法に抵触したためです。

Yahoo!ニュース – 「同性愛者」2人を公開処刑=シリア南東部でイスラム国 (時事通信)



宗教と革新

宗教とリベラリズム(革新主義)はある意味で水と油です。

神の教えに忠実に生きようとしている人たちに、「そんなのは非科学的だ」とか「古くさい慣習にとらわれるべきではない」などと言ってもなんの意味もありません。
多くの宗教では正しいか正しくないかよりも、経典にはどう書いてあるかが優先されます。

そもそも宗教というのは、論理性や科学、理性とは別次元の存在だからです。
もっとも変化を嫌う存在であり、革新とはもっとも遠い存在です。

ですから、イスラム教が同性愛を禁止し、同性愛者を惨殺することに対して、外部の人間が「それはおかしい」と批判しても、それはあまり意味がないことです。

しかし、それでも、こういうニュースを聞くたびに強い憤りを感じてしまいます。

同性愛者だというだけで処刑される。
そんなのはおかしい。
例え、神の教えだとしても間違っている。
そう思わざるを得ません。

 

あまりにも非人道的な石打ちの刑

この世に人道的な処刑法というのがあるのかどうかはわかりませんが、この石打ちの刑というのはあまりにも非人道的な処刑法です。

いろいろ調べる中でいくつかの動画を見たのですが、あれは処刑というより『集団リンチ』です。

『石打ちの刑』と聞くと、罪人をヒモで縛って、目隠しをして、遠くから石を投げるというような方法を想像するでしょう。

しかし、実際は、群衆がワーワーと怒声を発しながら、罪人を取り囲んで行うことが多いようです。
罪人は縛られてはいませんが、群衆に取り囲まれてうずくまっています。(恐らくそれ以前に散々に暴行されているのでしょう)
うずくまりながらも手で頭や顔をかばって、必死に生き伸びようとしています。

しかし、やがて大きな石が頭に直撃して、致命的なダメージを負うと、ガクッとその場に倒れ込みます。
頭から血を流して、気を失って倒れている罪人のところに群衆がやってきて、蹴飛ばしたり、髪の毛を引っ張って引きずったり、服を破いたりします。
散々に暴行を加えられた挙句、罪人はそのまま絶命します。

これが石打ちの刑です。

神の名の下に、こんな非人道的な行為が行われ、同性愛者の命が奪われているのです。
(石打ちの刑が行われるのは同性愛者に対してだけではありませんが)
いくら宗教だとは言え、同じ同性愛者として怒りを感じざるを得ません。


2016年8月より、当ブログの運営・執筆はLGBTサークル『CBM』に移管されました。

当ブログについて説明はこちらをお読みください。