過激派強硬路線ではゲイ差別はなくならない


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via photopin cc

横暴で独善的な社会に対して、感受性豊かな若者たちはいつの時代も憤り、声を上げ、剣をとってきました。

・・・と、まぁ30年前までなら、日本にもこんな若者論があてはまったかもしれませんが、現代は違います。

ゲイ差別やゲイの社会的地位に不満をもつ若者たちも、穏健な変化を望んでいますし、社会も過激な思想に対しては無条件に嫌悪感をもちます。



若者たちは何食わぬ顔で大人たちの側に回った

日本は敗戦のショックで戦後、一億総左翼化しました。

政権批判、歴史批判、日本の文化・伝統批判をしていればカッコイイというような風潮となり、誰もがしたり顔で社会批判をしました。(この傾向は今でも根強く残っています)

これを集団化、暴徒化させたのが学生運動です。

若者たちが、まるで自分が日本一先鋭的な論客になったかのように、したり顔で社会批判をし、社会の変革を強硬に迫っていた時代があったのです。

しかし、多くの学生運動戦士たちは自分たちが就職する段になると、何食わぬ顔をして、旗を降ろし、大人たちの側に回りました。

その後、日本は高度経済成長期、バブル期に突入し、政治への期待を完全に捨て去って、利益主義、快楽主義、利己主義の道を突き進みました。

 

過激派強硬路線の限界

そんな社会の流れの中、「日本に革命を!」と願い、就職もせず最後まで学生運動を続けていた少数の若者たちは、次第に過激化していきます。

そして、浅間山荘事件、日航機ハイジャック事件などのテロ事件を起こしていきました。

これらの事件は、日本人は過激な学生運動、社会運動に対する嫌悪感・恐怖感を植え付けました。

いまや日本で「日本に革命を!」と言われて耳を貸す人はいなくなりました。

彼らの過激な行動は「日本に革命を!」という彼らの夢に、完全に終止符を打ったのです。

 

人々が望む変革

以後、過激な革命思想が日本で広く受け入れられたことは一度もありません。
(多くの国民が左翼的なのには変わりありませんが)

いま、人々が望んでいるのは、過激な革命ではなく、穏健な社会の変化なのです。

「若者たちよ!立ち上がれ!」と言っても、ついてきてくれる人などいません。

そんなもんは誰も望んでいないのです。

政治に興味をもたず、無気力で、差別に無頓着なのはおかしい!!

・・・と、それは正論ですが、一部の過激な人たちがそう息巻いてみたって現状は変わりません。

だったら、もうちょっと穏健に、平和にいった方が、現実的でしょう。
(ただ、暴れたいだけ、自分の賢さをアピールしたいだけなら、正論をふりかざして、民衆に訴え続けるのもいいですが)

 

ゲイも穏健な変化を望んでいる

これはゲイの世界においても同じ。

「ゲイ差別を撤廃し、権利を確保するために、ゲイのみんな、立ち上がろう!」

と言っても、ついてくる人はほとんどいません。

本当にゲイの差別を撤廃し、権利を確保したいと思うなら、もっともっと穏健で、平和で、温かな方法でやっていくべき。
敵をバンバンつくって、人を糾弾し、差別主義者を叩き潰そうと思っても、それは結果的にはゲイに対する偏見を助長するだけです。

穏健に、温かに、自分の周りから徐々に暮らしやすい環境をつくっていく。
それが現実的です。


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